東京地方裁判所 平成5年(ワ)7033号 判決 1997年11月07日
原告
本間貫禎
右訴訟代理人弁護士
鈴木稔充
被告
日の出興業株式会社
右代表者代表取締役
三浦三男
被告
櫻井誠一
被告ら訴訟代理人弁護士
奥野善彦
同
野村茂樹
主文
一 被告らは、原告に対し、原告が被告日の出興業株式会社に二〇四八万円を支払うのと引換えに、それぞれ、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、平成九年五月二日から右明渡済みまで一か月二五万円の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、鑑定に要した費用は原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項について、仮に執行することができる。
事実
第一 原告の請求
被告らは、原告に対し、それぞれ、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡し、かつ、平成五年三月一日から右明渡済みまで一か月二五万円の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
〔請求原因〕
一 原告は、本件建物を所有している。
二 平成五年三月一日以降、被告日の出興業株式会社(以下「被告会社」という。)は本件建物を占有しており、被告櫻井誠一(以下「被告櫻井」という。)は被告会社の従業員として本件建物の二階に居住占有している。
三 本件建物の一か月の賃料相当額は二五万円である。
四 よって、原告は、本件建物の所有権に基づいて、被告らのそれぞれに対し、本件建物を明け渡し、かつ、平成五年三月一日から右明渡済みまで一か月二五万円の割合による賃料相当損害金を支払うことを求める。
〔請求原因に対する認否〕
一 請求原因一の事実は認める。
二 請求原因二の事実は認める。
三 請求原因三の事実は不知。
〔抗弁〕
一 被告会社は、昭和五三年九月二二日、本件建物の当時の所有者である訴外原の(以下「訴外原」という。)との間で、本件建物について、貸主を訴外原、借主を被告会社、賃料月額を二五万円、賃貸期間を五年間(昭和五三年一〇月一日から五年間)、使用目的を店舗・居宅・事務所とする賃貸借契約を締結し、右賃貸借契約に基づいて本件建物を占有してきた。
二 昭和五四年四月二七日、本件建物は、訴外原から訴外本間庄治に対し贈与され、本件建物の賃貸人の地位も移転した。
三 昭和五八年九月三〇日、本件建物についての賃貸借契約は法定更新された。
四 平成二年三月六日、本件建物は、訴外本間庄治から原告に対し贈与され、本件建物の賃貸人の地位も移転した。
五 本件建物は被告会社の店舗・事務所・従業員居宅として使用しており、被告櫻井は被告会社の従業員として本件建物の二階に居住占有している。
〔抗弁に対する認否〕
抗弁一ないし五の事実はすべて認める。
〔再抗弁〕
一 本件建物の賃貸借契約は、解除されている。
1(一) 本件建物及びその敷地(大田区蒲田四丁目六〇番一五宅地127.27平方メートル)は、平成三年一月ころから東京都の都市整備事業の一つとして道路拡幅のため買収される話しがあった。
(二) そこで、原告は、そのころ、被告会社に対しその旨を口頭で伝えるとともに、併せて、東京都の買収決定がされたときは直ちに本件建物を明け渡して欲しい旨を申し入れた。
2 原告は、東京都の求めにより、平成四年二月三日に都市整備用地売却申込調書(甲二、三)を東京都都市計画局都市計画課に提出し、同年五月六日付をもって、右土地の買収決定がされた旨の通知を受領した。
3 原告は、東京都から右買収決定の通知を受領した平成四年五月七日ころ、被告会社に対し、本件建物の賃貸借契約書(乙一)の八条、(「都市計画などにより賃借物件が収去される場合は本契約は当然に終了する。」)によって賃貸借契約が当然に終了したことを通知し、同年七月三一日までに本件建物を明け渡すことを求めたが、被告会社はこれを拒絶した。
4 そこで、原告は、被告会社に対しては同年一〇月一七日、被告櫻井に対しては同月一四日にそれぞれ到達した内容証明郵便をもって、同年一〇月三一日までに本件建物を明け渡すことを請求したが、被告らはこれにも応じなかった。
二 本件建物の賃貸借は、原告の解約申入れによって、終了している。
1(一) 本件建物の賃貸借契約の解約の告知は、原告が東京都から買収決定の通知を受領した翌日である平成四年五月七日、口頭で被告会社にされているので、借家法に従い、遅くとも右解約告知の日から六か月を経過した平成四年一一月末日には本件建物の賃貸借契約は終了している。
(二) 被告らが原告からの明渡要求ないし交渉にもかかわらず、これに応じなかったため、平成四年度の東京都の前記土地買収決定が効力を失う旨の口頭による連絡があったので、原告は、再度、東京都に対し平成五年二月二日付で都市整備用地売却申込書(甲七、甲八)を提出し、同日受理された。
(三) そこで、原告は、平成五年二月一五日到達した内容証明郵便をもって平成四年度中に買収を完了させたく、平成五年二月二八日までに明け渡すよう請求した。
2 原告は、本訴提起前の明渡交渉において、立退料について支払の意思と金額を提示している。
3 本件建物の立退きに伴う立退料は、道路の拡幅工事等の公共事業による買収地上の建物の収去に伴う退去補償金として借家人に支払われる補償金を基準にすべきである。
〔再抗弁に対する認否〕
一 再抗弁一の事実に対する認否
1 再抗弁一1の事実について
(一)の事実は不知。ただし、本件建物敷地は都市計画決定はされているものの(都市計画決定を受けている幹線道路沿いの土地は東京都内にいくらでも存在する。)、都市計画法・土地収用法により、土地収用権が伴う事業承認はされていない。
(二)の事実の平成三年一月ころに口頭で申し入れたとの事実は否認する。
平成三年三月二〇日、訴外本間裕子から被告櫻井に電話があり、貸主の本間庄治が死亡したことを告げられ、同月三一日、同女が被告会社を訪れ、被告櫻井に対し相続税が大変であることを話されたことはあったが、明渡しを求められたのは平成四年一月二八日が初めてである。
2 再抗弁一2の事実は不知。
ただし、原告主張の買収決定の通知(甲四)は買収決定ではなく、都の先行取得の制度における買収候補地の選定にすぎない。しかも、その効力は平成五年三月末日までのものである。
3 再抗弁一3の事実のうち、賃貸借契約書八条の約定の点は認めるが、平成四年五月七日ころに口頭で契約の終了と七月末日までの明渡しを求めたとの事実は否認する。
同年八月三日に、訴外本間裕子から電話があり、本件建物の敷地を都に売却することについて都から了解が得られたので、文京区にある別の物件に移転して欲しいといわれたことはあるが、右物件は取毀予定物件であるとのことや被告会社の営業上不便な場所であることから、被告会社は右申出を断った。
4 再抗弁一4の事実は認める。
二 再抗弁二の事実に対する認否
1(一) 再抗弁二(一)の事実について
平成四年五月七日に口頭で解約申入れをしたとの点は否認する。
前記平成四年八月三日の申入れが仮に借家法でいう解約申入れにあたるとしても、原告の右解約申入れには借家法の定める正当事由がない。
(二) 再抗弁二1(二)の事実は不知。
都の先行取得の制度における候補地の選定の効果は各年度の三月末日までであり、原告主張のとおり、あらためて選定されるよう申入れをする必要がある。もっとも、右申込みに対し、必ず再び候補地に選定されるとは限らない。
(三) 再抗弁二1(三)の事実は認める。
2 再抗弁二2の事実は否認する。
3 再抗弁二3の主張は争う。
〔再々抗弁〕
一 本件解約申入れには、次のとおり、正当事由が存しない。
1 賃貸人(原告)の事情
原告は、道路の拡幅工事を正当事由に挙げている。
しかし、本件建物の敷地には、放射第一九号線拡幅の都市計画決定はされているが、右都市計画決定は戦災復興院が昭和二一年三月二六日にしたもので、右道路を平面交差する京急羽田空港線の高架化等の都市計画との調整が未了で、未だ事業承認はされておらず、その具体的目途もたっていない。
2 賃借人(被告ら)の事情
本件建物は、木造二階建であり、一階は倉庫兼車庫で、二階は事務所兼居宅で被告櫻井夫婦の居宅となっている。
被告会社は、仕事上、仕事の具体的段取りや人員配置の打合せなどに、夜、従業員その他協力業者を集めて打合せをすることが必要であり、事務所と右打合せの中心となる被告櫻井の居宅が一緒になっていることは便利である。また、京急蒲田駅から徒歩一分の距離にあるこの事務所は便利であり、かけがえのない事務所となっている。
一階は、倉庫兼車庫に使っており、資材や作業工具の積み降ろし作業からして、倉庫と車庫が共通なことは、不可欠である。
右のような立地条件や使用方法を満たし得る代替物件は容易に見つからない。
二 原告は正当事由を補充するものとしての立退料の提示を申し出ていない。
〔再々抗弁に対する認否〕
一 再々抗弁一の事実について
1 再々抗弁一1の事実は否認する。
2 再々抗弁一2の事実は不知又は否認。
二 再々抗弁二の事実は否認する。
理由
一 請求原因について
請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
請求原因三の本件建物の賃料相当額については、原告が主張する月額二五万円は後述のとおり本件建物の賃貸借契約の最終賃料と同額であるから、本件建物の賃料相当額は月額二五万円であるということができる。
二 抗弁について
抗弁一ないし五の事実は当事者間に争いがない。
三 本件建物の賃貸借契約の終了について
1 原告は、本件建物の敷地が東京都の都市整備事業の一つとしての道路拡幅工事のために買収される話しがあり、原告が東京都に対し都市整備用地売却申込調書を提出した結果土地の買収決定がされたことをもって、本件建物の賃貸借契約書八条にいう「都市計画などにより賃借物件が収去される場合は本契約は当然に終了する」に該当するとして、本件建物の賃貸借契約が当然に終了したと主張する。
しかしながら、被告らが主張するように、本件建物の敷地については都市計画決定はされているものの、都市計画法・土地収用法による土地収用権が伴う事業認可はされておらず、原告主張の買収決定の通知は買収決定ではなく先行取得の制度における買収候補地の選定結果にすぎない(弁論の全趣旨)から、本件建物の賃貸借契約書八条にいう収去に当たらないことは明らかである。
2 次に、本件建物の賃貸借が本訴提起前の解約申入れによって終了しているか否かについて判断する。
原告は、東京都への都市整備用地売却申込みの選定結果(甲四)をもって、正当事由は具備されたと主張するが、右程度の事情の存在では正当事由があるものということはできない。さらに、原告は、本訴提起前に正当事由の補完として立退料の支払を提示したことがあると主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。
3 しかしながら、原告は、本訴提起後において、平成八年一〇月二二日付けの準備書面をもって、相当額の立退料の支払を提示し、右準備書面は同年一〇月三一日の口頭弁論期日において陳述されたから、原告は、右の主張によって、相当額の立退料の支払を提示して本件建物の賃貸借について解約の申入れをしたものということができる。
4 そこで、原告の右解約の申入れについて、正当事由があるか否かについて検討する。
(一) まず、賃貸人である原告の事情についてみるに、本件建物は本件建物の賃貸借契約書の八条には、「都市計画などにより賃借物件が収去される場合は本契約は当然に終了する」と約定され、本件建物の賃貸借契約の締結当時、当事者はある程度は放射第一九号線拡幅等の実現を予想し、これに備えた約定を設けたことが推認され、また、鑑定人若林の鑑定の結果によれば、本件建物の前面道路の幅員を五〇メートルに拡幅する旨の都市計画は昭和二一年に決定された古い時期のものであり、事業認可は未だされておらず、今後も具体的な見通しはないものの、関係当局は平成一〇、一一年には地元説明会・測量等を行い、そのころ、できれば事業認可を受けることを考えていること、また、京浜急行電鉄本線と空港線連続立体交差化計画があり、関係当局は既に一部地元説明会を行い、今後、さらに地元説明会を重ね、平成一〇年を目処に都市計画決定、平成一一年目処に事業認可に漕ぎ着け、測量・用地買収等に着手し、その後長期間をかけて事業を完成したいと考えていることが認められる。
したがって、本件建物の敷地に対する道路拡幅計画等の実施は、緩やかながらも着実に進歩を遂げており、被告らの主張するような計画のみで今後数十年しても何ら具体化されないものであるということはできず、本件建物の賃貸借契約書八条の前記約定のされた本件において、原告が右のような計画の実施に合わせて東京都に対し土地の売却申込みをし、東京都の候補地決定の通知を受けたことは決して軽視し得ない事由であるというべきである。
(二) 次に、賃借人である被告ら側の事情についてみるに、証人櫻井の供述並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物は京浜蒲田駅から徒歩一分の距離にあるなど、交通至便であること、木造二階建であり、一階は倉庫兼車庫で、二階は事務所兼居宅で被告櫻井夫婦の居宅となっていること、被告会社は仕事上その具体的な段取りや人員配置の打合せなどに本件建物を使用していることが認められ、本件建物は被告会社の営業上、重要であるということができ、被告らが主張するように、本件建物のような立地条件や使用方法を満たし得る代替物件はそう容易に見つからないであろうことは首肯し得ないではない。
(三) 右の原被告らの事情を比較対照すると、本件建物の賃貸借契約書中の契約終了に関する約定の存在、原告の申込みによって本件建物の敷地が既に買収候補地に選定されたことがあることなどを考慮すると、原告らの事情は自己使用に準ずるものということができ、被告らの事情については、金銭的な補償で解決ができないでもなく、原告が相当の立退料の全額を提供するであれば、原告の解約申入れには正当事由が具備するものということができる。
(四) そこで、立退料の相当額についてみるに、鑑定人若林の鑑定の結果によれば、平成九年四月一日を価格時点とする立退料相当額は、借家権価格が一六六二万円、営業補償額が三八六万円の合計二〇四八万円であることが認められる。
(五) そうすると、本件建物の賃貸借は、原告の平成八年一〇月三一日の解約申入れによって平成九年四月三〇日の経過をもって終了したものということができる。
四 よって、原告の請求は、原告が被告会社に対し立退料二〇四八万円を支払うのと引換えに(被告会社が被告櫻井に対し立退料を支払うか、支払うとするといくらかなどの問題は、被告らの内部問題として処理されるべきものである。)、被告らのそれぞれに対し本件建物を明け渡し、かつ、賃貸借契約の終了した日の翌日である平成九年五月二日から右明渡済みまで一か月二五万円の割合による賃料相当損害金を支払うことを求める限度で理由があり、その余は理由がない。
(裁判官塚原朋一)
別紙物件目録<省略>